ちょっと語ってみた

「人生に疲れた」「頑張るのに疲れた」そんな人にオススメ!気持ちが軽くなる6つの方法

2018年4月3日

こんにちは、もとみんです。

突然ですが、人生に疲れました。

ここのところ週一くらいで人生に疲れてるんですが、「いやいや、こんなんじゃいけない。やる気をださねば!」と一念発起できるときと、「いやいや、むりっすわ…」というときがあります。

今はどちらかというと後者で、ただ疲れたというより魂が抜けたみたいな感じがします。雑踏の中を歩いてて人いきれするみたいな。

無理矢理ヤル気を出そうとすると更に疲れてしまうので、ここはいっそ逃げようと思います。いわば気分転換ですね。この気分転換ってよく考えると思考転換なのかもしれません。あるいみ癒しでもあるかも!?

そんなわけで今回は、「人生に疲れた」「頑張るのに疲れた」という人に試してほしい、頑張らなくていい後ろ向きな思考転換レシピを書いていこうと思います。

 

 

1:「閉塞感」の正体を突き止める

気分転換してもすぐにヤル気が回復するわけではないですが、とにかく一番に考えたいのは「閉塞感から脱すること」です。

 

なんだか生きづらい、息苦しい…

ということは、「何かに狭さを感じている」ということですよね。

 

ところでこの「狭さ」とは一体何なのでしょうか?

 

ここでちょっと考えたいのが、中高校生のいじめや、twitterなどのSNS疲れです。

いじめは限られた空間で起こっているのでなかなかそこから脱することができないですよね。特にクラスは1年間同じだったりするので難しい。

 

一方SNSはやめようと思えばやめることができます。SNSは見知らぬ人と繋がれるし世界中とつながっています。けれどTLを見てください。この世に大量にいる人間の中からフォローした人だけの呟きだけがそこに流れてくる。いわば「自ら作り出した密閉空間」です。

さらに親密なつながりができれば、イイネしなければいけないとか、リツイートしなければいけないとか、不思議な暗黙の了解に囚われることもあります。

 

よく「かまってちゃんウザイ」と憤っている人がいますが、恐らくそのタイプのかたもコレです。本来無視すればいいはずが、「構わなければいけない、自分はそれを強制されているんだ」という気持ちに囚われているというわけです。

 

ここで気づくのは、「代わり映えのないメンバーに囲まれていて新しいものが入ってこない環境」「~しなければならないと強迫観念を感じてしまう環境」ということです。

 

そう考えると、

「閉塞感(=狭さ・息苦しさ)」の正体は、

「停滞感(=よどみ)」「強迫観念(=ルール)」

 

と言い替えられるのではないでしょうか。

 

この「よどみ」と「ルール」が無くなれば、閉塞感から脱することができるということです。

 

2:あたらしいものを取り入れる

停滞感から脱するには、やはり新しいものが必要ですよね。

 

個人的にオススメなのは、

 

「知らない道を歩くこと」

 

です。

 

お金もかからないし、歩くと脳が活性化されて良いアイディアも浮かびますし、健康にも良い。正に一石三鳥!

例えば仕事帰りに毎日同じ道を歩いているとしますよね。その場合、同じ道を歩いても気分転換にはなりません。なぜなら、いつも仕事帰りに考えていることが蘇ってくるからです。

 

行動と記憶は連携しています。

たとえば音楽の場合、ある時期好きでずっと聞いていたものは数年後に聞くとその当時の記憶が蘇りますよね。そのため、音楽は感傷的になりたいときには最高のコンテンツです。

では逆に、新しいものを音楽で取り入れるにはどうすればいいか?

 

それは、

 

「いままで聞いたことがないアーティストの音楽を聞く」

 

です。

  

これからは気持ちを一新してこのアーティストと一緒に歩むぞ!、くらいの気分になれれば最高ですね。

 

ちなみに一番良いのは、

 

「新しい生活習慣を取り入れる」

 

です。

 

おおよそ3か月続ければその習慣が身につくそうなので、3か月頑張れそうなかたは、なにか新しい生活習慣にチャレンジしてみるといいかもしれません。

 

ただし、生活習慣を変えるのはなかなか一大事なので、むりやりヤル気をだそうとすると面倒になってしまうと思うんです。この記事ではあくまで「頑張らないで気軽にできること」にフォーカスしているので、これについては特に多くは語らないことにしておきます。

 

3:古いものを捨てる

「新しいものを取り入れる」と似ていますが、今度は捨てるほうです。

 

みなさんは断捨離できるほうでしょうか?

わたしは嫌なことがあった日に着ていた服をよく捨てています。お気に入りだったのに…と思っても、目をつぶってサッとゴミ箱にインします。

なぜかというと、その服がずっとあると目に入るたびに嫌な記憶が蘇ってやる気が低下してしまうからです。視界にある、同じ空間にある、というだけで気持ちが削がれる可能性がアップする…そんな負の可能性を失くすには、思い切って捨てるのがベターです。

 

服に限らず、嫌な記憶がしみついているものはなるべく早めに捨て

 

モノによりますが、オークションやフリマで売るとお金になって丁度いいかもしれませんね!

ただしこの場合は、売れるまでは部屋に置かれることになるので、そのあいだ気分がよどむ可能性大です。そう考えると、やはり思い切って捨ててしまうほうが良いかもしれません。

 

4:今あるルールや常識を破ったらただちに死ぬのかどうか考える

誰しも常識に則って生きているとは思いますが、なかには自分の定めたルールが沢山ある人もいますよね。

 

それは一言で言うと「完璧主義者」です。

 

「こうじゃなきゃだめ」「こうしなければならない」というパターンの思考は、ある意味では信念ともいえるし、自分がある、とも言い替えられるかもしれません。 

しかし、「こうじゃなきゃだめ」「こうしなければならない」というのは、強迫観念でもあります。

強迫観念にとらわれるということは、それ以外の思考を遮断している、ということ。「これが正しい」ということはつまり、「これ以外は正しくない」ということです。

 

しかしどうでしょう?

もしかすると、「これ以外」のなかに素晴らしいものがあるかもしれない。

しかし思考段階で「これ以外」を遮断していると、その素晴らしいものを取り入れることができません。

 

そうなると、やはりここにも淀みが出てくる。

上手くいっているときはいいけれど、上手くいかなくなったときに、「正しいはずなのになんで?」となってしまいます。凶悪な閉塞感のお出ましです。

 

これがさらに悪化すると、「自分は間違ってないのにオカシイ。相手が悪いんだ」に変貌するので大変なことになります。

こうなってくると、自分が自分に課したルールこそが自分の首を絞めているのかもしれない、ということに気付かなくなってしまいます。

 

そこで試したいのが、

 

「それをやめたら自分はただちに死ぬの?」と自問すること

 

です。

 

例えば仕事で、相手から指定された締切を破ったとします。これは結構大変なことですよね。何しろ信頼に関わりますから!

そして、恐れていたとおり相手から「締切も守れないなんて。もうあなたには頼みません」と見限られたとします。それがとても大切な仕事だったらもう大ショックですよね。

 

人生終わった!と思うかもしれない。大失敗だと思うかもしれない。

自己嫌悪に陥って、なんて自分はダメ人間なんだと思うかもしれない。

もう何もしたくない…と意気消沈するかもしれない。

 

さあ、ここで魔法の言葉のお出ましです。

 

「確かに失敗した。で、自分はただちに死ぬの?」

 

だいたい死なないです。

だいたいふてぶてしく息してます。

 

もちろん、それが大プロジェクトで社運がかかっていたというなら事情も変わってきます。お前のせいで大変なことになった、クビだ!となるかもしれない。会社をクビになったらお金がなくなって家賃も払えない、食べ物も買えない、どうしよう…

 

でもですよ…

 

「ただちに死ぬの?もうこの瞬間に死ぬの?一秒後に死ぬの?」

 

だいたい生きてます。

だいたいふてぶてしく腹が減ったりします。

 

もうほんと不思議だと思いませんか?

こんなに絶望してヤル気もでなくて生きてるのがツライと思ってるのに、腹が減ったらぐ~って鳴るし、なんかしらないけど生きてるんですよ。

 

ここで心臓さんのことを思い出してみてください。

産まれてから一回も仕事を休んでない。めっちゃブラック企業ですよ! 君って本当にすごいね、尊敬するよ…そう思わざるを得ない。

心臓は、あなたのために動いています。いまこの瞬間も。

 

5:他人は大して自分のことを気にしていないと思い出す 

別にここで「生きろ、そなたは美しい」的なことを言いたわけではありません。ただ単に、どんなに絶望しても心臓が働いている限りは「生きてる」ってことが言いたいのです。

 

つまり、

 

「これを守らなければならない」と思っていたルールを破っても、生きてるんです。

ということは、本当はそんなルールいらないんです。

 

もちろん、「こういう生活が理想だから、こういうルールにしよう」といった、目標のためのルールという場合もあると思います。それは、自分が豊かな生活を送るために決めたことだから良いと思うんです。

 

ただ、すごくすごく疲れて、「人生ホントもう嫌だ…」と思っているときにまでそのルールに縛られる必要はないと思うんですよね。だって、基本的にそのルールを破ったって生きてるんですから。

そのルールを破ると嫌な気分になるのは、自分がルールを守れなかったことで自己肯定感や自己重要感が低下するからです。

しかしどうでしょう?

それをそこまで気にしてるのは自分だけで、けっこう周囲はそこまで気にしてませんよね。

 

だって思い出してみてください。

小さいころ、誰かにしてしまったイタズラや嫌な思い出など、誰しも1つや2つあると思います。自分はそのことをすごく気に病んでるけど、何年も経って再会してそのことを話したら、「え、そんなことあったっけ?」ってパターンは結構あります。

 

誰しも自分の人生を生きている。そして。たいがい自分のことで精いっぱいです。これはつまり、他人は他人の人生を生きている、ということ。

だから、本当は他人の目ってあまり関係ないんですよね。

 

6:空白に戻っても自分は自分だと認識する

たとえば今、自分がもっているものすべてを失うとします。

頑張って手に入れた高価な品、名声、栄誉、社会的地位、友達…全部失ったとしますよね。

わたしはよくこのことを想像して「空白」と表現しているのですが、この何もない「空白」状態を想像してみてほしいんです。

 

たとえば、今までは誰かに尊敬されたり好かれたりしていたかもしれない。

しかしそれが一切なくなるとしたら…?

 

悲しいですよね。辛いですよね。

でも生きてますよね。心臓動いてますよね。

 

つまり…

 

依然として「自分は自分」だということに気づきます。

 

ほかの誰かにはなれないし、自分をやめることもできない。

とりあえず自分だけは自分のままそこにいる。なーんにもなくなったのに「自分」という存在だけはなんかいる。

 

その「自分」は、失敗したり色んな大切なものを失ったけれど、その「経験」は持っています。

職人さんは、「道具」がなくなったとしても、その「技術」をもっています。それは、道具さえ手に入ればまた使える唯一無二の武器です。

そういうものはなくなりません。そう、自分さえ消えなければ。

 

こう考えていくと、たとえ「空白」に戻ったとしても、自分は否定されるわけではないということがわかります。

もし、それだけいろいろなものを失ってなお自分が否定される感じがするなら、それはもう自分が自分を否定しているということですよね。こんな自分はダメだ…などなど。

 

でも仕方ないんですよね。

だって実際にダメ人間なんだから!(笑)

 

でもそれでいいんですよ。それが自分なんだから。なんでダメ人間じゃいけないの?ってハナシです。

 

たまに、「それは間違ってる」「それはありえない」と全力で否定してくるタイプの人がいます。これはさっき書いた「強迫観念の人」です。

その人自身も無意識に自分自身を縛り上げて苦しんでいるのに、それに気づかないから相手を同じ縄で縛りたくなってしまうのです。

 

でも考えてみてください。その強迫観念を全部とっぱらったら、その人だって「空白」になるのです。その強迫観念を持つことで自分らしさを維持しているのかもしれないけれど、そんなことをしなくたって元々その人はその人なんです。

 

「空白」になっても自分は残っている。

その自分こそが核なのだから、最悪それ以外のものはなくなっても大丈夫。だって自分はなくならないから。

自分がなくならないということは、基礎部分は残っているということだから、何かをやろうと思ったときにはそれを軸にできる、ということ。

 

すごく頑張るのは面倒だし、そんな気分にはなれないけれど、その軸さえあればまた挑戦はできます。

失敗ばかりが続くと勿論ヘコみますが、何もできなくなるわけではないし、自分は消えない。ここがけっこう大事な気がします。

 

頑張らなくていい…それでも頑張りたいときは充電しよう

以上、人生に疲れたときに試してもらいたい、気持ちが軽くなる方法を6つご紹介しました。

本当に本当に疲れてしまったときって、ヤル気を復活させるのが難しいですよね。なにせヤル気を復活させるにはエネルギーが必要です。でもそのエネルギーがすっからかんなのですから!

 

個人的には、疲れ切ったときは頑張らなくてよいと思っています。

まずは寝る、そして食べる。これが大切ですよね。

そして、なんとなくぼんやりできる程度まで回復したら、前述した6つの方法をためしてみてください。

 

ではでは、また!

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