本日はお日柄もよく。

絵をかいたり気になったことを語ったり妄想したりしています。

凡人だって成功したい!だったら「オタク」になろう!

 

今週のお題「ゴールデンウィーク2018」

ゴールデンウィークはBOOKOFFがセールしており、正月あれだけ買い込んだのにまたしても爆買いしてしまいました。あらかじめ気になっていた落合陽一さんの「日本再興戦略」は多分せどり目当ての大量購入のお客様の手に渡ったと思いますが、今回も楽しい本をたくさんゲットできて満足です!

今回購入した本の一つに、押井守監督の「凡人として生きるということ」があります。

本を買うときは最初に目次をみて、見出しが面白いか面白くないかで購入するか否かを判断しているのですが、この本の見出しにはこんな一文がありました。

「若さに価値などない」

もうこれを見た瞬間、「えー!?そんなことないでしょ!なぜに!?」って思ってしまって一瞬にして購入決定しました(笑)
 

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

 

 

押井さんはアニメーションの監督で、代表作には「うる星やつら」「機動警察パトレイバー」「HOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」「スカイ・クロラ」などがあります。

今まで映画監督の本というのは読んだことがなかったのですが、やはり表現者の感性だなという印象を抱きました。しかし抽象的ではなくどちらかといえば現実的な感じ。学生運動をされていた履歴もあるそうなので、そういうところも関係しているのかもしれません。結構おもしろくて考えさせられました。

 

12年前、かつて何者かになりたがっていた凡人同士が語ったこと

 

今年の3月、ある男友達が結婚したことを知りました。
12年ほど前に恋愛相談を持ちかけられていろいろ語っていた時期があった友人だったのですが、その時の会話でとても印象的だったものがあります。それは、わたしのかつての親友が絵の世界で成功を収めていることを語ったときのことでした。

かつてその親友と切磋琢磨していたわたしにとって、親友の成功はとても心苦しいものがありました。まるで夏目漱石の「こころ」にでてくるK状態(笑)
かつての親友は名だたる大企業からオファーを受けて仕事をしておりファンのコミュニティまで存在している。一方自分は?なにもない。それどころか絵もかかなくなっていました。

そんな苦しい昔話をしていたとき、彼が言ったのです。
「俺は成功っていう考え方が嫌いなんだよね」、と。
そして、わたしたちの共通の友人Yさんのことを話題にだし「俺はYさんみたいな生き方を尊敬する」と言いました。

Yさんはシステムエンジニアで、可愛らしい奥さんと子供と共に暖かい家庭を築いている男性です。仲間内の飲み会にはほぼ顔を出してくれるし、真面目な話もチャラい話もできて、やさしく仲間想い。奥さんとも仲が良く子供のこともしっかり考えている、浮気の心配なんてありえない人。女性から見たら理想的な男性でしょう。

彼が言う「Yさんみたいな生き方」とは、「幸せな家庭を築き、男としても人間としても着実なライフステージを登っていく」ということだったのだと思います。
確かにこれはとても素敵なことですよね!かつては誰もが普通に手にいれられると思われていたものだけれど、最近はそうでもない。いわゆる「普通の幸せ」がとても難しい。だからこれは素晴らしい夢に相当すると思います。

このとき彼が口にした「成功って考え方が嫌い」という言葉はとても響きました。わたしの考え方を否定された気がしたからです。だけど、考えれば考えるほど「なんだか違う気がする…」と思いました。

 

そもそも「成功」の定義ってなに?ってハナシ

 

かつての親友は大企業と仕事していたので、これはどう考えても社会的に成功といえるでしょう。しかしわたしにとってなぜその親友が「成功者」だと思ったかというと、大企業云々とか世間的な認知度が高いとかそういう問題ではなかったんです。体裁とか世間体の問題じゃない。

わたしの中の成功とは「自分の好きなことをして生きている」ということだったのです。それがわたしにとって理想的な生き方であったので、それを「成功」と呼んだのです。

ぶっちゃけこの部分については本当に賛否両論あると思うんですよね。じゃあ嫌いな仕事をして生きてたら悪いのか!?といったらそういうわけではありません。最近フリーランスが増えているのでそういう論議もあるようですが、個人的には稼いだお金でたっぷり趣味を楽しんでいるのだって一つの成功だと思いますし、問題は「どういう生き方をしたいかという理想に対してどのくらい現実が追い付いているのか」だと思うんです。

とにもかくにも、彼も結婚を果たしました。
かつて語っていた「理想の生き方」を手にしたのです。もちろん祝福しました♪

しかしわたしの中にずっと燻ぶっていることがあって、それは、彼がかつてカメラの専門学校に通っていた事実なのです。本当は、その頃の彼には違う理想があったんじゃないのかな…そう思ってしまうんですよね。でも彼は、恐らく、永遠にその話はしないでしょう。

 

凡人の対義語は天才かもしれないが、「成功者=天才」とは限らないと思う件

 

長すぎる世間話をしてしまいましたが、ここでちょっと考えたいのは、ただの凡人でしかない自分は「成功」を夢みちゃいけないのか?ってことです。

ここでいう成功の定義は、前述した「こういう生き方をしたいという理想に対して現実が追い付くこと」です。規模とか世間的な認知度は関係ないです。もちろん、ビル・ゲイツ並みの大富豪になる!というのが理想ならばかなり大規模ですし認知度も必要だと思いますが…(笑)

このことについて、わたしはよくミュージシャンで考えるんですよね。
バンドなどで華々しく活動している人もいますが、スタジオ録音や誰かのライブ演奏などを担当するミュージシャンもいます。同じ「楽器を演奏する人になりたい!」と思った場合でもこれではだいぶ違ってきますよね。

一般的な成功者のイメージって多分前者です。知名度があってメディアに出ててその人がステージに上がると「きゃあああ」って声が上がって、まさに人気商売といったかんじ。一方、後者は名前が知れ渡らないことも多いかも知れません。この場合は自分をブランディングしているわけじゃないしどっちかというと技術屋っぽいから、いわゆる「成功」というイメージはないですよね。

で、こういうときちょっと思うんですが、一気に仕事がなくなった人気者と、知名度は元々ないけど継続して仕事がある人とでは、どっちが「成功」と呼べるんでしょうか?

豪邸に住んでるけど多忙すぎて夫が帰ってこず毎日独りきりで寂しい奥さんと、四畳一間に住んでてお金もないけど毎日笑い合ってる夫婦、どっちが「成功」なのか?

 

成功って言葉には、知名度・名声・富・社会的ステータスなんかのイメージがありますが、↑の夫婦の例みたいに「幸福の尺度」という側面もあるんじゃないかと思います。成功=幸福、とも言い換えられるかもしれません。

なんていうんでしょう、「自分の人生いいかんじ!」っていうか「うまくいってる!」みたいな感じでしょうか?失敗したことやイヤなことも全部ひっくるめて、自分に対してそう感じられる状態こそが成功だと思うんです。

「成功」をそのように考えると、選ばれし天才だけではなく、凡人だって充分「成功」が手に入るのではないかと思うんですよね。

 

失敗した過去を「なかったこと」にはできない

 

とはいえ、やっぱり社会的に知名度があるような成功をしたい!という人もいると思います。その場合とにかく行動して良い結果を出す必要がありますよね。しかし失敗する恐れもあります。この失敗の恐怖はかなり強烈だし、周囲の目を気にする恥じらいの感情も結構キツイですし、なかなか動けないという場合もあると思います。

押井監督は「凡人として生きるということ」の中で、「最近はみんな極端に失敗を恐れている」と書いています。さらにこんなことも言っています。

実は失敗するかどうかの分かれ目は、極論すればその人の能力の問題ではない、と僕は思っている。
では、何が成功と失敗を分けているのかというと、その大方が、世間の都合によるものだと思うのだ。

押井監督は最初の作品が原作つきの作品だったため、原作ファンに配慮して作品作りをしたそうです。そのため評判は良かったけれど、それは結果的に「自分の作品ではない」と感じたそう。

そのため次作で自分が作りたいように作り、それも評判が良かったため、「やっぱり自分がつくりたいように作ればいいんだ」と気を強くして作品作りを続けたところ、後に大失敗したと語っています。

自分が納得できないような映画は絶対作りたくない。でも、他人に評価されない映画を作っていては、それはただのマスターベーションだ。

この一文は、創作をしている人なら一度はぶち当たる壁ではないかと思います。本当に表現したいのはこれじゃない…でも世間で評価を得るのはこういうものだ…だからそういうものを表現する…あれ、でも自分の目的ってただ単に評価を得ることだったっけ?…みたいな。

押井監督の場合は、「真ん中の道を歩くことにした」そうです。自分の意見に偏り過ぎず、相手の意見に迎合しすぎない。これを実現するために監督は「誰かと仕事をする」そうです。誰かの意見を聞き、客観性を持つことでバランスをとる、ということですね。

監督曰く、100%絶対に失敗しないということはありえないけれど、なるべく失敗しないようにすることはできるとのこと。こう言うとみもふたもないけど、とにかくやるしかないってことですね!(笑)ただ、そのとき第三者の視点を忘れないようにすればリスクが低くなるよ、ということのようです。

 

凡人流の成功術は「オタク」

 

この本の中で監督は、「凡人は情熱を持ち続けることしか、この世を渡っていく術がない」と書いています。自分だけの価値観や自分だけの美学を磨いていくと、だんだんと理解者があらわれ、やがて一つの価値が生み出される、というんです。

これは一言でいうと「オタク」ですね!
オタクというとアニメ・ゲーム・漫画あたりがすぐ連想されそうですが、世の中には結構いろんなオタクがいますよね。いわゆる「他人はどうかしらんが自分はこれが好きだああああ!!!」みたいなやつです。

わたしは創作オタクなのでいつ何時でも話のネタを考えているし、漫画や小説も書いているけど、どうもこの感覚はあんまり理解してもらえません。「それはどこかに投稿するの?」「いつ描き終わるの?」と聞かれるのですが、はっきりいってネバーエンディングだし、その質問ってアニメ好きの人に「それを見てどうするの?意味があるの?いつアニメ見るのから卒業するの?」と聞いてるのと一緒なんですよね。好きだし楽しいし幸せだから創作してるんだ!極論それなんだ!と答えますが、それでも理解してもらえないのでなんかもう諦めました(笑)

こういった他人には理解されないけど延々もくもく情熱を傾けられるようなものを持っている人は総じて「オタク」ですが、これが凡人流の戦い方として有効なのだそうです。

 

そういえば以前読んだ見城徹さん(幻冬舎の社長)と藤田晋さん(サイバーエージェントの社長)の本にもそんなことが書いてあったような気がします。いや、もしかしたら見城さんの本だったかもしれません。

人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない

人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない

 

1人であっても熱狂しているとそれが伝播してブームになったりする、といった内容だった気がしますが、確かに「最初に盛り上がってる誰か」がいないと始まらないですよね。

ビジネスだとそれがどこかの企業の開発部ということになるのかもしれないけど、そういうのじゃなくて、たった一人が「これ最高!!!」って叫んでただけだったのにいつの間にか周囲も巻きこんじゃって…っていう流れがあるのは面白いですよね。

「一人で盛り上がる」って簡単そうに見えて意外と難しいなと思います。誰からも反応がないとヤル気をなくしたり、「あの人一人で盛り上がってるウケるwww」とか言われたらそりゃもうメンタルぐっさりきちゃいますし、とにかく鋼メンタルじゃないとできないことですよね。

最近は自分の好きなものさえ最初にネット検索して「大多数の支持を得ているかどうか」を調べてから本格的に好きになるかどうかを決めている節があります。というか実際その片鱗を見てしまった…!
自分の好きなものすら他人の評価で決めるって、良く考えたらそら恐ろしいことです。けどそのくらい世間の目が大きいのが現代のネット社会なのかなと思いました。そのくらいオンリーワン熱狂はレベルが高いということです。

 

あと、以前この記事↓でも書いた橘玲さんの本にもちょっと似たニュアンスのことが書かれていましたね。

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二度目の紹介で恐縮ですがこの本です↓ 

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 (幻冬舎文庫)

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 (幻冬舎文庫)

 

この本は遺伝による格差のことに触れていて「生まれながらに格差があるこの社会の中でどうやって生きて行くか?」という内容が書かれています。 
この本の場合は熱狂するとか情熱を持てとかそういった感情的なことは書かれていなくて、むしろすごく合理的です。正反対なかんじですね!
ただ結果的にはさっきの本や今回の押井監督の本と同じところに辿り着くというか、構造としては一緒なんじゃないかな?と思います。

成功しようとしても既に格差がある。となると、自分よりレベルの高い人がいるフィールドでは成功できません。だから範囲を絞ります。これを繰り返していくと、すごくすごく狭い範囲に絞られますよね。とてつもなくざっくり言うと、そういうニッチなところで成功を目指すしかない!ということが述べられています。

これはある意味、もともとニッチなところに興味が向いているオタクの感覚と一緒だと思うんですよね。尤も周囲を巻き込めるか否かが成功の鍵となりそうですから、そんなニッチなものにどれだけ周囲が食いついてくれるかはわかりませんが…!

周囲の興味を得られるかどうかはまた別の要因が関係すると思いますが、もしかしたらそっちの方が難儀かもしれませんね。とはいえ、「熱狂していれば誰かが気付く」というのは本当にあることだし自分もそのような経験があるので、バカにできないなと思います。オタク万歳!!!

 

まとまりのないマトメ

凡人には凡人なりの戦い方があるようなので、自分は天才じゃないけど自分なりの成功を目指したい!という方にはぜひオタクコースをチャレンジしてほしいと思います。

ちなみに冒頭の「若さに価値などない」には監督なりの根拠があります。本来の意味は、「若者はまだ発展途上だからまだ価値がない」ということだそうです。

今迄の時代の大人たちは昔いろんな挑戦をして失敗して挫折してさまざまな経験をして価値を獲得してきた。しかし現代は失敗を恐れて挑戦しない若者が増えていて、そのままだと中身が子供のままの大人になる…と監督は警鐘をならしています。

この解説(?)を読んで、なるほど~!と思ったのですが、よくよく考えたら「チャレンジして色々な経験をしている若者は既に価値がある」ということになりますよね?その逆で、生きている期間が長くて経験が多いはずの大人なのに何もしてこなかったら…!?なんという痛恨の一撃!!!考えるだけで胃痛が…(笑)

ではではまた、、

 

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